閃光のように・・・ ≪後篇≫AFRO IZM ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~≪後篇≫~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「・・・・で、いつまで隠れてんだ?」 桜火はテオ・テスカトルから視線をそらさず、かつ後ろの大衆酒場の入り口に向かって話す。 「いやぁ・・・、あまりの迫力でさ」 そう言って最初に姿を現したのはシュウ。 「お前がクエストの受注もしないで飛び出すから、俺が変わりに受けといてやったんだぞ?」 リョーが大剣、乱水を右肩に担ぎながら出てくる。 「隠れてるなんて失敬な、緊迫してたからちょっと出にくかっただけだよ」 酒場の扉から“にゅっ”とボウガンの銃口を突き出し、弾丸を発射するカイ。 ―ドォォォン― 急にテオ・テスカトルの回りで爆発が起こった。 「なんだぁ?」 桜火は唖然とした表情で口を開けている。 「リフレッシュだよ、アイツの文献読んでないのか?」 いつの間にかカイが桜火の隣でボウガンを構えている。 「俺が発射したのは拡散弾だ、しかし着弾する前に爆発しちまった」 カイが新しい弾丸を装填する。 「アイツは熱石炭を食べるだろ?」 カイがスコープを覗くが、桜火が動かないのをチラっと見て話を続ける。 その間にシュウ、リョーは走り出し、テオ・テスカトルとの距離を詰める。 「その熱エネルギーをもった石炭カスを毛穴から散布して、牙をカチ合わせて火花を発生させて火ぃつけんだよ」 「それで爆発・・・ってワケか」 桜火はさっきの爆発がなんだったのか理解し、同時にリフレッシュした意味を考え、ゾっとする。 「っつーことは、こっからが本番って事かよ」 「そーいう事、さっさと終わらせんよ!」 そう言った瞬間、カイは弾丸を発射、それをきっかけに桜火は走り出す。 ―ズシャッ、ドバッ― テオ・テスカトルの顔面を切り裂く、シュウの十字槍。 その後にリョーの大きな一撃が角めがけて振り落とされる。 「かってぇな、折れねぇぞ?」 リョーはテオ・テスカトルの前から一気に離脱し、次の一太刀を入れる体制に入る。 ―ズバンッ― シュウがテオ・テスカトルに付けた傷口に見事に弾丸が命中する。 「グゥゥゥゥゥ」 傷口に弾丸を喰らったテオ・テスカトルは動けずに小さく唸るだけだった。 カイが撃ったのは“麻痺弾”だ。 主に砂漠に生息するランポスの亜種、ゲネボスの神経毒の牙を使って作られた弾丸で、 着弾すればその毒が血管から全身に巡り、しばらく相手の動きを封じられる、ニンゲンの知恵が生み出した代物である。 「今だ桜火!目ぇ潰せ!」 カイが叫ぶ。 ―ズシャッ― 桜火の刀、狐火の刃がテオ・テスカトルの左眼に突き刺さる。 狐火の炎が、同時に左眼に付いた傷口を焼く。 「グギャァァァァ!!」 テオ・テスカトルの苦痛の咆哮が商業区の広場に響き渡る。 耐え切れず、暴れるテオ・テスカトル、すぐにその場から立ち退く桜火。 「とりあえず、攻撃箇所は決まったな」 桜火はテオ・テスカトルの死角となった左側に回りこみながらシュウとリョーに言う。 「左側中心に攻めるぞ!」 リョーが指示を飛ばすと、全員がテオ・テスカトルの左側に集合する。 「グルルルルル・・・」 怒りに満ちた唸り声を上げ、標的を探すテオ・テスカトル。 「こっちだよ、ノロマ!」 リョーは大剣を振り上げ、テオ・テスカトルの翼に斬りつける。 シュウも同時に後ろ足に回りこみ、脚を狙って十字槍を突き刺す。 テオ・テスカトルは二人の攻撃でバランスを崩し、少しよろける。 桜火はその動作を見逃さず、刀で脇腹に一閃・・・が、元々火に強いテオ・テスカトルにはあまり効いた様子はなかった。 テオ・テスカトルは、ハンターの位置がわかると、即座に向きを変える。 そこには、先ほど自分を痛めつけたハンター三人が見える。 「グァァァァ!!」 ハンターの姿を確認すると、急に怒りがこみ上げ、物凄い勢いでハンターに食ってかかる。 ―ドガン!!― テオ・テスカトルが噛み付こうとした刹那・・・カイの徹甲榴弾が着弾する。 テオ・テスカトルの顔面に着弾したその弾は爆発し、唯一見える右目の視界を曇らせた。 『いけるんじゃないのか・・・?』 桜火、リョー、シュウ、そしていつも冷静なカイでさえ、そう思えてしまうほどあっけなかった。 テオ・テスカトルの左眼は潰れ、完全に主導権を握ったこの戦い。 話に聞いていたほどの圧倒的な力を持った古龍と、今対峙している古龍は、まるで別の存在かのような印象だった。 テオ・テスカトルはまたもハンターを見失い、辺りを見回していた。 「桜火、あの刀取り返してきてやるよ!」 そう言ってシュウはテオ・テスカトルの左頬に刺さったままの陰炎に向かって走り出す。 「おい、不用意に近づくな!」 リョーはそう叫んだが、シュウには聞こえていない。 シュウはテオ・テスカトルの眼前に近づき、突き刺さっている刀をつかもうとする――が。 「グァァァ!!」 テオ・テスカトルは急にシュウの方を向き、その鋭い牙が生えた口を大きく開く。 その口からは、陰炎の鍔が見え、その奥からはオレンジ色の火炎が一瞬見える。 『ヤバイッッ!!』 今まで積み重ねてきたハンターの経験が、全身に緊張を巡らせる。 シュウは後ろに飛ぼうとしたが、すでにテオ・テスカトルの口からは、赤々とした火炎がはみ出していた。 ―ゴバァァァァ― 「シュゥーーーーーー!!」 カイがシュウの名を叫ぶ声が、広場に響いた―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 『やっと全員そろったか・・・』 いつものメンバーがそろった様子を横目でうかがう時雨。 「ギャォォォン!!」 せっかく見つけた脱皮をするのに丁度いい場所。 そこに住む下等な生物と、たまたま居合わせた自分と同じく強大な、もう一匹の食物連鎖の頂点に君臨する者。 始末してしまえば何も問題はなかったのだが、誰一人倒れることは無く、あまつさえ自分は手傷を負ってしまっている。 なにもかもうまくいかず、苛立ちの混じった龍の咆哮の主は、脱皮期を迎えて自慢の鋼の甲殻が錆びたクシャルダオラだった。 ほぼ全身の甲殻が錆びたクシャルダオラの体色は赤茶色で、 時折見せる大きな翼の根元からは、錆びが落ち、まだ完全にできていない白色の新しい甲殻が覗いていた。 『狙い目は、あそこだな』 時雨は両刃槍を左肩に担ぎ、やや前傾姿勢をとった。 時雨ほどのハンターになれば、武術に関しては達人ともとれる腕前で、多くの“技”を持っている。 最も、ハンターなので技をひけらかすわけではないが、 多くの困難にも打ち勝ってきた攻撃方法の中で、時雨は一番信頼できる攻撃を選んだ。 ―ザッ― 地面を強く踏み込んだ助走は、三歩でトップスピードに達し、標的との距離を一気に詰める。 トップスピードに達した際、肩に担いでいた両刃槍を上段で二、三回転させ、勢いをつける。 走る速さと、回転の勢いで相手に斬りかかる、時雨が唯一名付けた“技”といえる攻撃、“旋風”と呼ぶ槍術だった。 ―バシュッ― すさまじい回転から生まれた槍閃は、クシャルダオラに当たることはなかった。 クシャルダオラは長い首を横に傾け、顔面への攻撃を避けた・・・が。 ―ザンッッ― 時雨が狙っていたのは、最初から翼の付け根。 一撃目をわざと避けさせ、思い切り空振りする。 返す刀の反動で、もう片方についている刃で突き刺す。 “旋風”は、万が一避けられてもすぐ二撃目が繰り出せる、両刃槍の特徴を生かした二段構えの攻撃だった。 刃が突き刺さったのはまだ完成していない、錆びた甲殻の下の層、柔らかい白色の甲殻。 ―ブシュゥゥゥ― 白色の甲殻が、古龍の血で紫色に染まる。 「ギャォォォォ!?」 初めて感じた痛みで、明らかに苦痛の咆哮を上げるクシャルダオラ。 『やっぱり、長期戦になればなるほど勝機は見えるな・・・』 時雨は落ち着いていた。 反撃を避けるため、すぐにその場から一歩、二歩と距離をとりながら、狩りの構成を描いていた。 「グァォォォ」 小さく咆哮したクシャルダオラは、時雨めがけて走り出す。 飛翔能力に長けたそのシャープな体格は、地上でもその効果を発揮する。 『!?』 ―ドガァァァン― 時雨は大きく後方に吹っ飛ばされた。 反射的に防御はしたものの、相手が繰り出したのは大きな体格を生かした突進攻撃。 クシャルダオラは今まで戦ってきたモンスターよりも遥かに速く、 予想していた速さと大きくズレた突進速度は、時雨でも避けることができなかった。 握れるくらいの細い棒が防御の要の両刃槍ではとても押さえ込めるものではなく、無様に突き飛ばされてしまう。 「ガ・・・ハッ!」 体中に感じる衝撃が、一気に全身を駆け巡る。 商人の店に激突した時雨は、大きなタル、鉄の棒、木箱・・・、色々なものに激突し、倒れてくる鉄の棒は胸の上に倒れる。 「グォォォォ、グァァァ!!」 ついさっき自分を苦しめたハンターを見事に吹っ飛ばし、歓喜の咆哮を上げるクシャルダオラ。 “自分が生物の頂点に君臨する絶対の存在だ”と言わんばかりの大きく、耳が痺れる咆哮だった―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「シュゥーーーーーー!!」 一瞬の出来事が、彼らにとっては長く、辛い時間に感じた。 炎国の王と恐れられ、モンスターの中でも最上位クラスに位置する古龍を相手に、 明らかに必勝と思われた戦況によって相手の強大さを忘れ、あまつさえ油断してしまった。 相手はテオ・テスカトル・・・、野生の勘もさることながら、王に君臨している力量は計り知れなかった。 恐らくは先ほどから自分の左側にハンターがいるのに気付き、様子をうかがっていたのだろう。 そこで自分に近づく足音、これは確実にハンターだと確信し、反撃に転ずるテオ・テスカトル。 ―ドサッ― テオ・テスカトルの口から繰り出された火炎は、目の前にあるものすべてを焼く地獄の業火。 その火炎に飲み込まれ、衝撃で飛んできた何かは、桜火とカイの眼前に転がる・・・。 「リョ、リョーーーーーー!!」 そこに転がったのはシュウではなく、リョーだった。 叫んだのはシュウ、いつの間にかテオ・テスカトルの側から離れ、 仰向けになっていたが、上半身だけ起き上がってリョーの方を向いていた。 「ギャォォォォ!!」 ついに会心の一撃を与えたテオ・テスカトルは、歓喜なのか力の誇示なのか、どちらにせよ雄々しい咆哮を上げた。 「リョー!おい、リョー!」 桜火はリョーの意識を確認するために大きな声で呼ぶ。 「お、おぉ・・・、生きてるぜ」 リョーはかすかな、しかし彼にとっては最大限出せる声で返事をする。 「生きてる!生きてるよ!」 カイは遠くにいるシュウにも届くような大きい声でリョーの意識があることを声に出す。 「俺は大丈夫だから・・・それより次が来るぞ」 リョーはなんとか上半身を起こし、カイと桜火に臨戦態勢の指示を飛ばす。 その右腕と右腿の防具は焼け落ち、肌が赤黒く変色しており、火傷の跡が禍々しく刻まれていた。 「ガゥゥゥ」 テオ・テスカトルは次なる標的を桜火とカイに定め、二人に向かって走り出す。 ―ドンッ― 桜火はカイをリョーの方向に突き飛ばし、テオ・テスカトルの標的を自分に集中させる。 「お、おいっ」 カイが桜火の方を見るとそこに桜火はおらず、テオ・テスカトルの翼がそこにはあった。 ―ズザザザザッ― 音のほうを見てみると、桜火は何食わぬ顔で立っていた。 「これがジュードーで言う“受け身”ってやつだ、覚えときな」 そうテオ・テスカトルに話す桜火・・・しかし。 「桜火!!」 桜火は崩れ落ち、地に膝をつける。 いくら受け身をとって転がりながら立ち上がっても、衝突時の衝撃は吸収できるものではない。 桜火の胸は激痛をもよおし、耐え切れず息が乱れる。 「やっぱそうだよな・・・、いてぇ」 カイはとっさにボウガンに弾丸を装填し、至近距離からテオ・テスカトルに発砲する。 ―ドガンッッ― カイが放ったのは至近距離であればあるほど威力が上がる通常弾。 通常弾は生産コストが低く、安く提供されるが、その威力は安さとは裏腹に凶悪な威力を発揮する。 弾丸はテオ・テスカトルの脇腹に命中し、体にめり込む。 「ギャォゥ!?」 突然の脇腹への衝撃と痛みで驚くテオ・テスカトル。 その方向を向くとそこにはハンターが立っていて、自分に何かを向けている。 ―ドガンッ!ドガンッ!― テオ・テスカトルがこちらを向いたのを確認して、続けざまに顔面に向けて二発撃ち込む。 一発は額、もう一発は角に命中する。 「ギャォォン!?」 甲殻が薄い顔面、神経が集まっている角に眼にも止まらぬ速さで何かがぶつかり、それがめり込む。 今まで食らったことのない攻撃で、反撃を一時忘れるテオ・テスカトル。 ―ザンッッ― 反撃を忘れたテオ・テスカトルの脇腹に、十字槍が突き刺さる。 シュウはリョーに突き飛ばされただけなので、元々ダメージはあまりなかった。 ただ、自分の軽はずみな行動のせいでリョーに重症を負わせてしまった事で、少々混乱していた。 「リョー!なんで・・・、なんでだよ!!」 シュウは十字槍を抜き取ると、リョーの元へ駆け寄り、リョーに問いかける。 「なんでって・・・、俺はリーダーだからな」 ―ザンッ、ドシュッ、ドバッ、ズガン― カイと桜火が懸命にテオ・テスカトルの意識を二人から離させるために戦っている。 少しずつ、微量だが確実にダメージを与えている桜火とカイ。 「リーダーってのは仲間を助けなきゃなんねぇんだ、少なくとも俺はそう教えられたぜ・・・」 そう言ってリョーは立ち上がる。 左腕で乱水を持ち、肩に担ぎながらさらに続ける。 「俺は将の器はカイより小さいかも知れねぇけどよ、底が深いんだよ、底がな・・・」 「リョ、リョー・・・」 シュウはリョーの雰囲気に押され、制止する事ができずにいた。 「こんな俺を信頼してくれてる仲間を“守る”ことしかできねぇけどよ、これが俺の将たる証なんだよ」 そう言ってリョーはテオ・テスカトルに向かって走り出す。 決して速くは無く、しかし確実に、おぼつかない足で距離を詰めて行くリョー。 ―ザンッ、ザシュッ― 戦況は決していいとは言えなかった。 テオ・テスカトルの猛攻は、なかなか攻撃する隙を見せず、 こちらがやっとのことで与えた傷口も、浅いものなら古龍の血の力ですぐに止血されてしまう。 このままでは、どちらが先に精神と体力が尽きるのは明白だった。 実際、一足先に古龍とコンタクトしていた桜火は、だいぶ前から肩で息をしていた。 「桜火、いったん退け!俺が援護する!」 そう言ってカイは新しい弾丸を装填する。 「阿呆!俺がいなくなったらお前一人じゃねぇか、ガンナーのお前を一人にさせるわけねぇだろ!」 テオ・テスカトルの豪腕から繰り出される薙ぎ払いを後ろに跳んで回避し、声を張り上げる桜火。 「だからってこのままじゃラチがあかない、少し休んで、会心の一撃を与えるしか・・・」 「うぉぉ!?」 桜火をテオ・テスカトルから引き離すために徹甲榴弾を撃とうとしたカイだったが、少しばかり遅かった。 後ろに跳んだ桜火を待っていたのは、戦闘時の衝撃で崩壊した露店の、転がった木片だった。 つまずき、尻餅をつく桜火。 テオ・テスカトルは跳びかかり、桜火の右足に喰らいつく。 「うぁぁぁぁぁ!!」 毒怪鳥ゲリョスの皮を裏地に、表地にマカライト鉱石を使用したブーツでさえ、 テオ・テスカトルの鋭利な牙は鉱石と皮の壁をいとも簡単に貫通し、中にある桜火の踝(クルブシ)を襲った。 「グルルルルッ」 思っていたほどの手応えが無く、もっと噛みつきを強めようと首を小刻みに振るテオ・テスカトル。 が、やはり壁のせいで肉の感触が弱い。 テオ・テスカトルは弱らせるのを止め、一気にトドメの一撃を見舞いに、桜火の頭を狙う。 「グァァァァ!!」 大きな口が眼前で開かれ、今まさに自分の頭が噛み砕かれようとしている。 だが、桜火は知っていた。 さっきつまづいた時に、テオ・テスカトルの後ろにリョーがいた事を。 ―バキィィィン― 何か、硬いモノが折れた音が、はっきりと桜火には聞こえた―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「コォォォォォ」 突き飛ばした時雨の生死をうかがうように睨みつけるクシャルダオラ。 『う・・・、ちくしょう』 時雨は痛みのする体を起こし、クシャルダオラのほうを見る。 「グルゥゥゥゥ」 クシャルダオラは仕留めきれていない獲物に対し、挑発するかのように小さく唸り声を上げる。 時雨は両刃槍を杖代わりにし、起き上がる。 「グァァァァ!!」 クシャルダオラはもう一度咆哮を上げ、またも時雨に襲い掛かる。 ―ドバァァァァン― 時雨が突っ込んだ出店の残骸を蹴散らし、振り向くクシャルダオラ。 どうやら手応えがなかったらしい。 しかし、振り向いた先にハンターはいない・・・。 「こっちだ、ウスノロ」 ―ズバンッッ― クシャルダオラが声のするほうに向き直った時、視界はハンターのものだと思われる足があった。 時雨は両刃槍をクシャルダオラの喉元、こすれて甲殻が剥がれ落ち、白い生身が覗くところに突き立てた。 喉をやられ、顔が自然に下を向くクシャルダオラ。 「ファァァァァ!」 喉はもはや潰れ、声が思うように出ない。 痛みに耐えかねた苦痛の叫びもかすれてしまい、その咆哮はもはやかつての威厳は感じられなかった。 時雨はすでに両刃槍を抜き取り、クシャルダオラと距離をとっていた。 『次はどこを狙おうか・・・』 時雨の頭の中は自分でも驚くほど冷静だった。 ついさっきは命を落とす直前で、かすかに走馬灯も見えた気がした。 でも、自分は生きている。 もがくことを諦めてしまった自分は、まだ生きている。 何か腹の立つ事が時雨の中で駆け巡る。 ここで生き延びて桜火に借りを返さないとあのヒゲ面で、 “俺は時雨を救ったんだぜ”と一生自慢されそうな気がして、不安だった。 そんなちっぽけな男の意地だったが、時雨にとって生き残る理由は、“今は”それで充分だった。 「フゥゥゥゥ」 力のない唸り声を上げ、時雨のほうを睨むクシャルダオラ。 クシャルダオラは、錆びた大きな翼を広げ、飛んだ。 『まずいな・・・、あれじゃ的を狙えない』 “宙に浮かぶ”といった表現が正しいのだろうか。 上空に飛ぶわけでもなく、地上に降りるわけでもなく、ただ空中で小さく高度を上げたり下げたりしていた。 すでに翼は何回も羽ばたく動作をし、喉の痛みで全身を動かしたクシャルダオラ。 少し前までほぼ全身を覆った錆びた甲殻は、そのほとんど剥がれ落ちていた。 しかし、頻繁に上昇と下降をするために、的が常に動いた状態となり、さらに少し上空にいるために届きそうもない。 「ヒァァァァァ!!」 かすれた咆哮をあげ、クシャルダオラは時雨の元へ急接近する。 その速さは、“風翔龍”の二つ名の通りで、すぐに回避できるようなものではなかった。 ―ダァァァン― 一瞬で時雨の元へ辿り着いたクシャルダオラは、時雨の眼の前で急停止した。 が、凄まじい速さで急停止した反動で繰り出した鋼の尾の一撃は、時雨の胸元に直撃した。 時雨はそのまま飛ばされ、地面に叩きつけられる。 「ガ・・・、ゲホゥッ」 衝撃で全身の神経は硬直し、息が止まる。 吸い込む力は止まるのに、吐き出す力のみが作動する。 なんとか呼吸を取り戻し、クシャルダオラの方を見る時雨。 『まさかこの俺が、賭けにでなくちゃならねぇなんてな・・・』 時雨はまたも両刃槍を杖代わりにし、今度は棒の中心を持って腰をねじる。 ―バシュゥゥゥゥゥ― 時雨は両刃槍を思い切り投げた。 すさまじい回転をする霧雨は、クシャルダオラの胸に突き刺さった・・・。 『やったか・・・?』 時雨はクシャルダオラの様子を見る。 だが、突き刺さったショックにより少しバランスを崩した程度で、すぐにまた上昇と下降を繰り返す。 『くそ、ダメだったか・・・』 時雨が狙っていたのは、心臓。 どんなに相手が強大でも生物であるからには、その心臓が止まれば血液の流れは止まり、動けなくなる。 “硬い甲殻でも回転し、勢いのついた刃物なら、もしかしたら” そう考えていた時雨は、その攻撃に望みを賭けた。 が、クシャルダオラの硬い甲殻はその刃を心臓まで通さず、肉の位置で止めてた。 「コォォォォォ」 クシャルダオラが息を大きく吸い込む。 『なんだ・・・?』 時雨は身構える。 武器を持っていない最悪の状況だが、時雨はあきらめてはいなかった。 男の意地・・・それを守り通すため、ただそれだけのために。 ―ブシャァァァン― クシャルダオラが何かを吐き出した。 『なんだ、何もないじゃねぇか・・・、やっぱり喉を潰したから何も吐き出せねぇのか?』 時雨は一瞬拍子抜けする。 が、クシャルダオラが何かを吐き出した直後、沢山の小さな木片のようなものが回転しながら迫ってくる。 『しまった、そう言えばクシャルダオラは目には見えない“風”のブレスを吐くん・・・』 気付いた時にはもう遅かった。 時雨の体は宙を舞い、わずかに回転しながら地面に激突した―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ―バキィィィン― 硬いモノが折れる音が聞こえ、眼前に見えたのは、もう片方の角を失ったテオ・テスカトルの顔だった。 「ギャォォォォ!!」 神経の集中する角を折られたテオ・テスカトルは一際甲高い咆哮を上げた。 その咆哮は、ハンターの耳をつんざく、双角竜ディアブロスの咆哮に近いものがあった。 「リョー、助かったぜ・・・」 桜火は足の激痛で立ち上がることができず、壁に寄りかかり、座り込みながらリョーにお礼を言う。 「リーダーだからな、これぐらい当ぜ・・・」 ―ドバンッ― 痛みで暴れだしたテオ・テスカトルは、自分の角を折った張本人を見つけると、 大木をも一撃で削り取るその屈強な前足でリョーに恨みのこもった一撃を見舞う。 リョーは反射的に大剣で防御したが、動くのは左腕のみ、衝撃を吸収しきれず吹っ飛ばされる。 「リョー!くそっ」 カイはさっき装填した徹甲榴弾をろくに狙いも定めずに発砲。 その弾丸は、標的に当たることなく後ろの桜火の真上を通り、そのまま行方がわからなくなった。 「カイ~、何やってんだ!」 「ちぃっ・・・」 カイは新しい弾丸を装填すると、今度は狙いを定めるためにスコープを覗く。 『・・・マズイッ』 スコープに見えたのは目前に迫ったテオ・テスカトル。 スコープ越しだが、その怒りに満ちた眼を見てしまったカイは体は一瞬反応が遅れ、テオ・テスカトルの薙ぎ払いを喰らう。 ―ガシャッッ― カイは反射的にボウガンで防御してしまった。 アルバレストは所々部品が外れ、もうこの戦闘中では修復不可能なほどに壊れてしまった。 「うぐ・・・」 カイの左腕はテオ・テスカトルの爪で切り裂かれ、血がダラダラと垂れていた。 「カイっ、何やってんだくそ・・・」 シュウは瓶を取り出し、ヌルヌルした液体をカイの腕にかける。 その間に、テオ・テスカトルはカイにトドメの一撃を見舞うため、一気に眼前に迫る。 「くっ、調子にのんなよ・・・」 シュウは十字槍を構える。 ―ドシュッッ― テオ・テスカトルに突き刺さったのはシュウの十字槍ではなく、桜華の刀だった。 「へっ、後ろにも少し気を配れよ」 桜火は壁に寄りかかりながら刀を投げたようだ。 回転した刀は、遠心力で深くテオ・テスカトルの後ろ足に突き刺さった。 「グゥゥゥゥゥ」 テオ・テスカトルは桜火を睨み、唸っている。 「ガァッッ!!」 短く咆哮し、一気に桜火の眼前に踊り出る。 「グルルルルル」 低く唸り、桜火を睨みつける。 ―愚かなニンゲンよ、片足を失いながらもまだ我に刃向かうか・・・、ならばその命の灯火、我が消してくれよう― そう言っているような唸り声だった。 「・・・、おい」 桜火は多少の笑みを浮かべながら、眼前の炎国の王に向かって話し始める。 「なんでこの刀が“陰炎(カゲロウ)”って呼ばれてるか、わかるか?」 そう言って桜火はテオ・テスカトルの口に左腕を突っ込む。 「ガフッ」 突然の口内への衝撃で、反射的に吐き出しそうになるテオ・テスカトル。 桜火はテオ・テスカトルの左頬に突き刺さったままの刀、“陰炎”を掴む。 ―カチッ― 陰炎の特徴である斜めに取り付けられた鍔を親指で手前に引く。 桜火はその瞬間、陰炎を一気に引き抜く、すると・・・。 ―ボゥッ― あんなに抜こうとしても抜けなかった陰炎はいとも簡単に抜け、その刃には轟々と炎が纏っている。 だが、テオ・テスカトルの頬にはまだ陰炎が突き刺さっている。 「刃に隠れた炎・・・、って説明してもわかんねぇか」 ―ザシュゥゥゥゥ― 桜火の左手に握られたもう一本の陰炎は、テオ・テスカトルの右眼に突き刺さり、その刃に纏う炎は脳を焼く。 ―ドサッ― テオ・テスカトルは断末魔の叫びも上げることなく倒れる・・・。 「切り札は最後までとっとくもんだぜ?」 桜火は眼光が薄くなっていくテオ・テスカトルと視線を合わせ、呟く。 「ふ~~~、終わった・・・」 桜火はアイテムポーチから煙草を取り出し、口にくわえる。 「やったな、桜火・・・」 リョーはテオ・テスカトルが倒れたのを確認し、体の痛みが楽になったのか、桜火の元へ歩く。 「カイ・・・おいカイ!やったみたいだぞ!」 シュウがカイを見て歓喜の声を上げる。 「騒ぐなよ、腕が痛ぇ・・・」 カイは少しニヤけながら答える。 ―カツッ、カツッ― 桜火は陰炎の火打石でこしらえられた鞘を使って煙草に火をつける。 「ふ~、こんな疲れたのは初めてだぞ・・・」 煙草の煙を吐き出し、うなだれながらリョーに話しかける。 「桜火、最後何やったんだよ?」 リョーは桜火に尋ねる。 「あぁ、あれな・・・」 そう言って桜火は腕を伸ばし、テオ・テスカトルの口に手を突っ込み、頬に突き刺さったままの刃を抜き取る。 「これな、刃が二重になってんのよ」 そう言って鋸状の陰炎の鍔側を見せる、そこは空洞になっており、薄い刃ならもう一本差し込めるような造りになっていた。 「んで、鍔が斜めになってるだろ?それが止め具の役割を果たして、もう一本の刃を隠す」 今度はテオ・テスカトルの右眼に突き刺さった刀を抜き取る。 「こいつは刃に油が塗ってあって、高速で抜き取った際に凹凸状に作られた内側との摩擦で火が付くようになってるワケ」 「隠された炎の刃、それで“陰炎”ってワケか・・・」 リョーは“まいったぜ”と言うように肩を上げ、手の平を返す。 「そうだ!時雨は・・・っ痛ぅ」 桜火は時雨が気になり、起き上がろうとするが足の痛みでまた座り込む。 「肩貸すよ、桜火」 シュウは桜火に手を差し伸べる。 桜火はシュウに支えられ、立ち上がり時雨の方に視線を向ける―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 『くそ・・・、体が動かねぇ』 時雨は空を見上げていた。 もうとっくに陽は落ち、星空が綺麗に見える。 『こんな綺麗な夜なのに、俺は最悪の状況ってワケか・・・』 ・・・と、その時、爆発音が聴こえた。 時雨は痛みをこらえ、上半身を持ち上げる。 『なんだ・・・?』 見るとそこには、さっきまで上空にいたクシャルダオラは地に落ち、もがいている。 「フゥゥゥゥゥ」 クシャルダオラは“何が起きたのかわからない”といった様子で起き上がる。 両刃槍が突き刺さっていた胸板は何故かボロボロで、両刃槍の片方の刃は折れ、クシャルダオラから離れていた。 時雨は考えた・・・が、何故いきなりクシャルダオラが墜落し、胸がボロボロになっているのか、回答が出なかった。 『・・・・ん?』 よく見てみると、そのボロボロになった胸は硬い甲殻が剥がれ落ち、中の白い部分が丸裸になっている。 ――チャンスだ。 そう確信した時雨は、クシャルダオラの足元に落ちている自分の武器を取りに走る。 「フォォォォォ」 クシャルダオラはまたも息を吸い込み、何かを吐き出す。 『同じ事を何度も何度も・・・』 時雨は横っ飛びし、頬に強い衝撃がかすれるのを感じる。 ―ドォォン― 時雨の後ろにあった露店がいきなり吹き飛び、壊れる。 『やっぱりな、眼には見えないがあの細いアゴからじゃ大きい範囲のブレスは撃てない、正面から少しズレれば回避できる』 時雨は見えないブレスの回避方法を見つけ、少しニヤける。 『あとは霧雨さえ手に入れば・・・』 クシャルダオラはなぜか動く気配がない。 時雨がクシャルダオラの方を見てみると、右脚の甲殻が剥がれ落ち、白い生身の部分がむき出しになっていた。 『まいったな・・・』 クシャルダオラが脱皮をする時期は、一定周期でくる。 鋼の甲殻が雨や空気でだんだん酸化し、錆びてくるのが脱皮期の始まり。 通常クシャルダオラは、広くて外敵がいない場所を探してそこに降り立つ。 そして一気に脱皮をし、甲殻の下にあるまだ柔らかい下地を徐々に固めていき、最終的に鋼の甲殻を造りだす。 通常、甲殻が完成するのに三日ほどかかる。 まだ柔らかい下地は非常にもろいため、脚の部分は歩くとうまく硬い甲殻が完成されない。 そのため脚の部分が剥けると、その場から動いてはならなくなるのだ。 だからこそ、脱皮期のクシャルダオラは、広くて静かな場所を好み、外敵には非常に凶暴になる。 小型モンスターくらいなら咆哮で退散させる事ができるが、大型モンスターならば自分の身が危険だからだ。 だが、時雨が今対峙しているクシャルダオラは、脱皮が始まるまでに広くて静かな場所を探すことができなかった。 そして、原因不明の衝撃で落下した際に脚の甲殻が剥がれ、白い部分が剥き出しになってしまった。 こうなっては動きようが無い、クシャルダオラはある程度甲殻が完成するまで、その場でやり過ごす事にした。 一見、クシャルダオラが圧倒的に不利かと思えるこの状況だが、そうではなかった。 時雨の武器、両刃槍はクシャルダオラの足元、取り返すにはクシャルダオラの側まで接近しなければならない。 脱皮期を迎え、脚の甲殻が剥がれた今、クシャルダオラは動くことができない。 今近づけば、己の身を守るために、必死の反撃を繰り出してくるに違いない。 しばし、沈黙と睨み合いが続いた。 「フォォォォォ」 喉を潰され、うまく声が出ないクシャルダオラ。 頼みの綱の飛び道具を見切られ、接近戦でしか勝機を見い出せない状況に、ただ挑発する事しかできなかった。 『強行突破か、リタイアか・・・』 時雨は悩んでいた。 何もできないこの状況で、クエストをリタイアして酒場にいる別のハンター、もしくは桜火達に任せるべきか。 危険を承知で特攻し、なんとかあのむき出しの胸に一撃を見舞うか。 『どうする、どうする・・・』 時雨はついに答えを出した。 深呼吸し、右足を前に突き出し前傾姿勢になる。 時雨の選んだ道は“強行突破”だった。 「おぉぉぉぉぉ」 時雨は今まで攻撃を受けるたびに立ち上がってきた。 気絶してもおかしくない時雨の体を突き動かすのは、ただの“意地”、それだけだった。 珍しく大声を出し、自らを奮い立たせ、時雨は走り出す。 ぐんぐんクシャルダオラとの距離が縮まる・・・。 「ファァァ」 ―バシュッ―」 時雨の頭の上を、クシャルダオラの顎が掠める。 噛み付こうとしたクシャルダオラをギリギリでかわし、足元の両刃槍を掴む。 『よし、このまま勢いをつけて心臓に――』 時雨は手に持った両刃槍と一回転させ、クシャルダオラの胸に突き立てる。 ―ドシッッ― が、その一撃が胸に突き刺さることはなかった・・・。 先程の謎の爆発で片方の刃は崩壊し、棒からすでに刃は離れていた。 時雨が突き刺した両刃槍の先端は、刃が無くなったただの棒だった。 『くそ、なんてことだ・・・』 ―ザンッッ― クシャルダオラの反撃の薙ぎ払いが時雨の胸をかすめる。 反射的に仰け反ったものの、大きく胸の鎧をえぐられる時雨。 その爪は鎧を切り裂き、時雨の胸元に大きな傷を付けた。 『く、失敗したのか・・・?』 時雨は特攻が失敗に終わり、落胆する。 胸の痛みで目がかすみ、視界がゆがむ。 「お・・・、ま~だやってやがる」 声の方向を見ると、そこにはシュウに支えられ、無様な格好の桜火が見えた。 その顔は、どことなくニヤついてるように見える。 『あんにゃろう・・・、やりやがったな』 時雨は桜火達がテオ・テスカトルの討伐に成功したのを知り、意識がはっきりする。 同時に、あの“男の意地”を思い出す。 『ここでやめちまったら、アイツに馬鹿にされるだろうな・・・』 そう思うと、いてもたってもいられなかった。 時雨はクシャルダオラの方を向き、立ち上がる。 ・・・が、そこに見えたのはクシャルダオラの瞳だった。 ―我の長い生涯よりも遥かに短い生涯を生きるニンゲンよ、 そのちっぽけな存在でこれ以上我に歯向かうのならば、死の苦しみと恐怖を与え、その行動を後悔させてくれよう― そう言っているかに思えるクシャルダオラの眼は、勝利を確信したような、そんな印象を時雨に与えた。 「・・・たしかに俺たちはお前の生涯に比べたら短い人生かもしれねぇよ、けどな」 時雨は急に喋りだす。 「その短い、思い出せば一瞬の生涯を輝かしく生きてみせんのがニンゲンってやつなんだよ、そう・・・」 時雨は両刃槍を強く握り、クシャルダオラの眼を睨みつけて叫ぶ。 「そう・・・、閃光のようにな!!」 ―ザシュゥゥゥ― クシャルダオラの胸は、時雨の一撃により大量の古龍の血を噴き出す。 時雨の青い甲冑は、返り血によりほのかに紫色に染まる。 甲殻が剥がれ落ち、むき出しになった白い部分に、時雨の両刃槍は突き刺さっていた。 「フォォォォォ・・・」 喉が潰れ、断末魔の叫びも満足に上げられなかったクシャルダオラは、地にひれ伏す。 “風翔龍”の二つ名を持つ龍も、心臓が止まれば力は失われ、生命の灯火は消える。 時雨は、さきほどの桜火のいた方を向いた。 「なんだよ、ボロボロじゃねぇか・・・」 桜火は煙草を吸って、ニヤつきながら言う。 「ふん、お前こそ支えられないと立っていられないほどの大怪我じゃねぇかよ」 時雨は軽く笑い、そう答える。 「ほぉ~~、なんなら今ここであの時の決着つけてやってもいいんだぜ?」 「いいだろう、どっちが強いかはっきりさせてやるよ」 桜火はシュウから離れ、足を引きずりながら時雨と向き合う。 「お、おいちょっと桜火!」 シュウは両者の間に割り込み、とめようとする。 「どけシュウ、今ここでこいつに・・・」 ―ドサッ― 「桜火!」 「時雨!」 シュウとカイが助けに入る。 極度の疲労で桜火と時雨は立ったまま崩れ落ちる、意識はすでになかった。 「やれやれ、最後の最後まで世話が焼ける・・・」 シュウとカイが二人を支えるその後ろで、リョーは少し笑いながら呟いた―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「まったく、あんた達とんでもない事やってのけてくれたわね」 ベッドに横になっている桜火と時雨の間で、ベッキーがため息混じりに話す。 「あの古龍はどう見ても上位ランクよ、アンタ達が挑むのはまだまだなハズなのに・・・」 「しょうがないだろ、住民が危険な目に遭ってたんだから」 「ほ~、俺が来た時はどう見てもお前が危険だったけどな・・・」 ―バフッ― 桜火の顔面に枕がぶつかる。 「俺が助けた後にクシャルダオラが出てきたんだよ、お前が来たのは住民が避難した後だ、そんなこともわからな・・・」 ―バフッ、バフッ― 今度は時雨の顔面に枕がぶつかる、しかも二個。 「そういう事言ってんじゃねぇよ、お前の危険をこの俺がたすけ・・・」 ―ボフッ、ボフッ― 今度は桜火の右足、時雨の胸に枕が叩きつけられる。 「ケンカしないの・・・、いい?これ見て!」 そう言ってベッキーは一枚の紙切れを突き出す・・・が、 桜火は足を押さえ、時雨は胸を押さえ、ふるふると小刻みに震えながら無言で苦しんでいた。 「どれどれ・・・」 リョーが紙切れをベッキーからとり、その文章を読み上げる。 “≪ランクが低いくせにでしゃばったハンター諸君へ≫ お主らはギルドに正式な契約もせず、ランクに合わない古龍を勝手に討伐した。 その愚考は、ギルドを統括するワシの威厳とともに、明らかなルール違反じゃ。 ・・・だが、一人の住民と、一人のハンターの命を救った行為で、特別に許してやろう。 ただし、ハンターランクはそのまま、さらに報酬金、モンスター取引価格ともに半額じゃ。 傷が癒えた際には、一度顔を見せに来なさい。 いつまでもワイルドでハンサムなギルドのボスより” 「は、半額だとぉ~~~~!?」 桜火は口を開け、驚いた口調で声を上げる。 「なんで助けたこと知ってんだよ・・・」 リョーはベッキーに問い詰める。 「あ~ら、ウチのボスはなんでもお見通しなのよ・・・?」 ベッキーは何食わぬ顔で返す。 「待てよ、半額って事は俺の治療費と入院費、さらに食事代も考えたら・・・」 なにやら桜火がブツブツと言いはじめる。 「ちょうど一人当たりの儲け額が全部なくなるな」 カイが腕を組み、部屋の扉に寄りかかりながら桜火に言う。 「よっ、お見舞い来てやったぜ~~~~」 その横でシュウが果物が入ったカゴを持ち上げ、元気に桜火達に話しかける。 「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」 ミナガルデのハンター病棟に、桜火の悲しい叫び声が響いた―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 戦いは終わった―――。 桜華、リョー、シュウ、カイ、そして時雨の五名は、自分よりも何倍も何倍も手強い相手と死闘を演じ、そして生き残った。 古龍、たくさんの生命の営みの中で、極端に突起したその存在は、間違いなく“力の強さ”では頂点だった。 だが、ニンゲンは知恵を持ち、感情を持つ。 そのニンゲンの“生きる強さ”は、意地だったり、誰かを守るためだったり、それぞれの形で大きく輝く。 そう、それはまるで一瞬だが目が眩むほどの、まばゆい閃光のように―――。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ≪終≫ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ジャンル別一覧
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